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薔薇戦争と平和

今日は、平和のシンボルであるバラと薔薇戦争について記述しましょう。



ばら戦争とは、イギリスの話です。15世紀の話ですで、フランスとの100年戦争終了後に勃発したイングランド内での内戦です。

王権の剥奪戦では双方ともに薔薇の紋章でした。

しかし、片方は白い薔薇を紋章にして、他方は赤い薔薇が紋章でした。

運動会の紅白組みとか、紅白歌合戦なっていうのは、ここから来たのかもしれませんね!

結果からすると、赤組の勝ちでした!

以下、ばら戦争の詳細を記述しましょう。

薔薇戦争(Wars of the Roses)

百年戦争終戦後に発生したイングランド中世封建諸侯による内乱。

1455年5月にヨーク公リチャードがヘンリー6世に反旗を翻してから1485年テューダー朝が成立するまでの間、血族同士であるランカスター家とヨーク家の間で戦われた権力戦争。

※右はヘンリー6世の肖像画
ランカスター家赤薔薇ヨーク家白薔薇を紋章としていたので薔薇戦争と呼ばれている。

ランカスター家 ヨーク家

ランカスター朝(赤組)の成立

フランスとの百年戦争に苦戦するイングランド王リチャード2世は王族・諸侯・市民の支持を失い頻発する反乱に悩まされ続けていた。

王家の重鎮で目障りな存在でもあった王の叔父・ランカスター公が死去すると、その子・ボリンブロクを反王党派の中心人物と見なして領地没収と国外追放を命じた。

これに対しボリンブロクは王位移譲を要求して兵を上げ、リチャード2世を捕えて退位を余儀なくさせた。

1399年、ヘンリー4世を称して即位したボリンブロクは、残存するリチャード2世派や自らの王権を認めない勢力との戦いを継続し、治世の晩年に漸くこれらを平定して国内を安定。

1413年、父・ヘンリー4世を継いだヘンリー5世は、治世の初めから国内が安定していたことから一時中断していた百年戦争を再開し、1415年アジャンクールの戦いでフランス諸侯連合軍に大勝した。

ヘンリー5世は自らの子孫によるフランス王位継承を認めさせ、ランカスター朝の絶頂期を築いた。しかし、その後、突然死してしまった。


薔薇戦争の開始とヨーク朝(白組)の成立

1422年に即位したヘンリー6世(即位時、当然フランス王を兼任)は、鬱病で精神を病んでいたことから、成長してからも有力者や王妃マーガレット・オブ・アンジューによって国政を委ねていた。

この頃、フランス国内では、イングランドに対する氾濫が勃発。フランスのシャルル7世は、1453年10月19日、イングランド軍を追い詰め、
ついにイングランド軍の守備するボルドーを平定。

これを期にイングランド勢力のほとんどがフランスから排除された(百年戦争の終結)。

このような経緯から、ヘンリー6世の権威は完全に失墜しイングランド国内は再び混乱に陥った。

権力の中枢は実力者であったヨーク公リチャード(エドワード3世の曾孫)に移動。

かつてエドワード3世の末裔であるヘンリー4世は、民心の支持を失ったリチャード2世を廃して王位を簒奪した。

この時、ヘンリー6世は民心の支持を失った。ならば、同じエドワード3世の末裔であるヨーク公リチャードにも、ヘンリー6世を廃して王に即位する権利がある道理だ!


薔薇戦争

こうしてヘンリー6世とヨーク公リチャードはランカスター派とヨーク派に分かれて激しく対立するようになり、ついに1455年、(第1次)セント・オールバーンズの戦いで開戦。以後30年間、イングランド国内で内戦が繰り返された。

1459年9月のブロア・ヒースの戦いで優位に立ったヨーク公リチャードは王位を目前が、1460年12月のウェイクフィールドの戦いで戦死してしまう。

しかし、その意思を継いだヨーク公の子エドワードは、一族の有力者ウォリック伯リチャード・ネヴィルや弟達(クラレンス公ジョージ・グロスター公リチャード)と結束を固め、ランカスター派を破るり、1461年11月、ヘンリー6世に退位させ、エドワード4世を称して即位した。

漸く悲願の王位に就いたエドワード4世ではあったが、即位後、間もなく愛人エリザベス・ウッドヴィルとの婚姻が絡んだ外交問題や、政権内の主導権をめぐって、ウォリック伯やその娘婿のクラレンス公らと対立。

ウォリック伯はヘンリー6世の妃マーガレット・アンジューらが主導するランカスター派に寝返るとエドワード4世を追放し、1470年、ヘンリー6世を再度復位させた。

国外に逃れ反攻の機会を窺っていたエドワード4世とグロスター公は兄弟達と和解。兄弟3人の結束を確認。

1471年、イングランドに攻め入りウォリック伯とランカスター派連合軍を制圧。

再び、王に復帰したエドワード4世は、ランカスター派を徹底的に壊滅し国内を平定した。


テューダー朝(和平)の成立

1483年、再び転機が訪れる。エドワード4世が病死するとグロスター公は、幼いエドワード4世の子・エドワード5世と母后・エリザベス・ウッドヴィルの一族を排除して自らが、リチャード3世として即位。

リチャード3世の即位によって国内は再び混乱し各地に反乱が起こった。これを期に、フランスに亡命していたランカスター派のヘンリー・テューダーは、1485年、兵を率いてイングランドに上陸するとボズワースの戦いでリチャード3世を撃ち破った。

ヘンリー・テューダーはエドワード4世の子・エリザベスと結婚してヨーク家と和解すると、ヘンリー7世として即位しテューダー朝を開始、打ち続く戦争と内戦に疲弊し没落しつつあった諸侯を抑えて絶対王政を確立した。


現在、イギリス王家の紋章は上の絵のように紅白のバラを組み合わせたものとなっています。


以上のような絶対王政への英国史を、かのシェイクスピアを代表するイギリスルセッサンス演劇や以降の英文学に接して、私たちは薔薇戦争としてこの中世イングランド史に関わっているのです。

※イギリスのバラ戦争(1455-1485年)は、ランカスター家とヨーク家の内乱でしたが、ランカスター家の紋章が赤のバラ、ヨーク家の紋章が白のバラであったため、
白と赤のバラの花束は、「和解」「平和」を示します。

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